ブリティッシュパブThe Old Arrowのパブリカン日報

2017年に西荻窪に誕生した、ローカル マイクロ ブリティッシュ パブ「オールドアロウ」パブリカンのブログです。

イギリスの国民酒、あなたの知らないジンの歴史

近年クラフトジンというお酒が流行って酒好きの間で再びジンに注目が集まっています。

支配人も若い頃は、ジンはジン&トニックやマティーニなど、カクテルのベースぐらいにしか思っていませんでしたが、最近はストレートやロックで飲んでも「こりゃうまい!」と思える様なジンがたくさん造られていてとても楽しいです。

 

美味しいクラフトジンは本当に良いですよね!

ジンはジュニパーベリー を使った、独特の香りを持った穀物蒸留酒ですが、

さて、、、そもそもジンとはどんなお酒なのでしょうか?

 

オランダ生まれの薬用酒

その源流は中世に遡り、原型はフランドルの修道士たちが作っていた「ジェネヴァー」という「強壮薬」だった様です。

それはモルトワインを蒸留したものにジュニパーベリー (セイヨウネズの実) を加えた酒だったとのことで、13世紀には書物の中にその名前が登場するそうです。

 

元々は薬として売られていたジェネヴァー

 

ジェネヴァー(=Genever / Jenever) はジュニパーベリーを意味するオランダ語で、この実には消化器官の働きを促進し、利尿、発汗、抗炎症等、抗菌作用があり、古くからヨーロッパでは万能薬として使われてきました。

 

その後オランダでは薬として広く売られる様になりましたが、次第に酒=嗜好品として扱われる様になっていきました。

16-17世紀のオランダの独立戦争 (80年戦争) の際、戦いに参加していたイギリスの兵たに持ち帰られたジェネヴァーが、イギリスでも人気になり輸入される様になりました。

それがジンと名前を変えてイギリスでも製造される様になったといいます。

 

悪名高きジン

17世紀末、イギリスとフランスの間では第二次百年戦争とも呼ばれる英仏(本当に仲悪いですね)植民地戦争があり、イギリスでフランスのブランディの輸入が禁止されると、ジンは瞬く間にイギリス中に広まっていきました。

 

そもそも現代と違って都市部の水は水質が非常に悪く、飲料用に全く適していなかったので人々は古来より、子供から老人まで飲料水代わりにワインやビールなどアルコールの入った飲料水で水分を補給して来ました。

中でもジンは安価だったため水分補給はもちろん、手っ取り早く「酩酊する」のに最適だったことから爆発的に流行しました。

 

18世紀の版画に描かれた「ジン横丁」、乳飲み子にもジンを飲ませる低層階級庶民の荒廃ぶり

 

 

とりわけ、ビール以上に強いアルコールを摂取した事がなかった労働階級の貧困層たちは、素早く強力に酩酊するこの飲み物の虜になりました。

まるでのちのアヘンやそののちのヘロインやコカインの様に。

粗悪な品質の、安価なジンに溺れ狂い、人々のモラルは低下し、犯罪や死者が増加し、出生率も減少しました。

当時のロンドンでは市民1人あたり1週間に2.5リットル以上のジンを消費していた様で、「ジン クレイズ =Gin Craze (狂気のジン時代)」と呼ばれる社会問題になるほどの広がりを見せていました。

 

百年戦争のアジャンクール(アジンコート)の戦いをパロった風刺画「ア ジン コートの戦い」

 

 

日本の首都圏のとある広場で、大手メーカーの劣悪なケミカル缶チューハイを片手にハイになって盛ってる群衆に、似たものを感じるのは私だけでしょうか?

世の中の景気が悪くなると人は安く粗悪な酒に手を出し、酒の存在すら汚していくのはいつの時代も同じかもしれません。

悪いのはいつも、お酒そのものではなく、運用を間違うモラルの低い人達です!!

 

19世紀半ば風刺画「スクラップ アンド  スケッチ」のThe Gin Shopに描かれたオールドトムの棺

 

 

「オールド トム」と「ロンドン ドライ」

18世紀半ばまでには何回かに渡って「ジン法」が制定され、ジンに対する製造・販売の制限や課税などの規制が強まりましたがその結果は、後のアメリ禁酒法時代の様にジンの密造やスピークイージー(=密売所)を生むだけでした。

 

オールドトム ジンを飲む人々

 

この頃「オールド トム」はジンの代名詞として使われていた様子が当時の版画やイラストから伺う事ができますが、名前の由来には諸説あり真相は分かりません。

ある蒸留所のタンクに黒い老雌猫 (オールド トムキャット) が落ちて死んで、その猫の風味がジンについたところからオールド トムの名前ついたという都市伝説が有名ですが、実際は単なる商品名がお酒の代名詞に変わっていったと考えるのが自然な流れでしょう。

 

18世紀の違法な半自動販売

オールドトムの名前の由来で他にも有名なものが「黒猫の自動販売機」です。

これはブラッドストリート氏という北部アイルランド出身の冒険家が考案したものでした。

この猫の看板は実はジンの密売の道具になっており、口にお金を入れると客は猫の前足に挿したパイプからジンを注ぎ受けることができるという簡単な仕組みでした。

 

ビーフィーター博物館にある(人力)自動販売機「Puss 'n' Mew」のレプリカ

 

ダドリー ブラッドストリート氏は元兵士でジャコバイト蜂起の際はカンバーランド公爵の諜報員として活躍した人物の様です。

18世紀半ば彼は当時のジン法の法律上の抜け穴を利用し、ジンの密売ビジネスを考え出しました。

ロンドン市内のブルーアンカーアリーに家を借り、ムーアフィールズで買った木製の黒猫の看板を家の窓に取り付け、「プス(仔猫)&ミュウ(猫の鳴き声)」と名付けてこの看板自販機を介し客にジンを売りました。

 

当時のジン法の法律上、密売所の物件の「借り主の名前」を情報提供者(密告者)が知らない場合、その建物に立ち入り捜査をすることが出来なかったため、この抜け穴を利用し短期間で大いに稼いだ様ですが、すぐに密売業者の間で模倣されていったといいます。

 

黒猫自販機「Puss 'n' Mew」の模倣品?

 

 

ジョージア朝時代からヴィクトリア朝時代へ、ロンドン ドライジンの登場

19世紀以降はジンの社会問題を背景に禁酒運動が広まり、政府はジンの代わりにビールと紅茶を積極的に宣伝、ヴィクトリア女王もアルコールに代わって紅茶を飲むこと国民に推奨、一般庶民の間でもお酒に代わってビールや紅茶が日常の飲み物として定着していく様になったといいます。

 

ジンを勧めるジンショップの店員の後ろの鏡に「No Trust=信頼できない(もしくは、ツケ払いは受け付けない、という説も)」と書かれている

 

反対にジンは不道徳で品性の無い飲み物としてそのイメージは地に落ちていましたが、メーカーが次々に質の良いジンを製造しそのイメージアップに尽力した結果、徐々に信頼を取り戻していきました。

 

この頃の「オールド トム」ジンは品質があまり良くなく、雑味があったため甘みをつけて風味を整えていた様ですが、その後の蒸留技術の発達に伴い、「ロンドン ドライ ジン」呼ばれる、よりクリアでドライで洗練されたジンが作られる様になりました。

 

次第に「オールドトム ジン」は廃れていき、20世紀には「ロンドンドライ ジン」に完全にその座を奪われほぼ消滅しました。

 

 

ロンドン塔の衛兵「ビーフィーター」が描かれたその名もビーフィーターライジン

 

 

そして現代クラフト ジン

現在は質の高いお酒が生まれて、新たなイノベーションが次々と起こっています。

そんな中、カクテルのベースぐらいのイメージしかなかったジンにもイノベーションが起こります。

空前のクラフト ジンブームの到来です。

穀物由来の蒸留酒にジュニパーベリーをはじめとする様々なボタニカルを加えることで無限の可能性を見出したジンは、職人の新しい感性と技術、新たなボタニカルとの出会いにより、より味わい深く香り豊かなお酒として再出発をしました。

 

オールドアロウ支配人が愛して止まないオリエンタル スパイスを使ったクラフトジン「オピーア」

 

 

まるで飲む香水とも言えるほど香りたかいクラフトジンの数々。

日本からも世界に評価されるクラフト ジンが生まれています。

 

京都と和のボタニカルにこだわった京都ドライ ジン「季の美」

 

 

そんな中、あの悪名高き「オールド トム」ジンもクラフト ジンの蒸留所によって新たな解釈で命を吹き込まれ、クラフト ジンの一員として再出発を始めました。

 

新時代のオールドトム クラフトジン、黒猫の絵の意味はもうわかりますよね?

 

 

ロンドンにあるヘイマンズ蒸留所では、150年前と変わらない方法でロンドン ドライジンを作っていますが、この蒸留所ではなんと19世紀当時のレシピによオールド トムを作っています。

一度は途絶えたオールドトムですが、1863年創業の家族経営蒸留所で当時のレシピが残っていたため復刻することが出来た、まさに「本物の」ヴィクトリアン オールドトムと言っても過言ではありません。

 


一度は消滅したオールドトム、が当時のレシピで蘇りました

 

お酒には長い長い歴史があります。

良い歴史もあれば悪い歴史もあり、そんな背景を楽しみながらゆっくりじっくり味わうのもお酒ならではの楽しみ方です。

 

今夜は18世紀のロンドンの路地で「黒猫の看板」から一杯のオールドトムを飲む気分で、オールドアロウに来てみませんか?

 

お待ちしております。

 

 

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小さなイングリッシュ パブ「オールドアロウ」

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